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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2155号 判決

控訴人 吉野知恵子

右訴訟代理人弁護士 中村清

同 村上誠

同 山根一弘

同 高橋和敏

同 鴨志田哲也

同 今朝丸一

被控訴人 三井不動産販売株式会社

右代表者代表取締役 清水隆雄

他1名

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 伊藤茂昭

同 井手慶祐

同 竹林俊二

同 佐藤文昭

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金一一七四万三二〇〇円及びこれに対する平成元年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金五三六九万二〇〇〇円及びこれに対する平成元年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人ら

1  控訴棄却

2  控訴人が当審において拡張した請求を棄却する。

第二事案の概要

一  控訴人は、平成元年五月一日、被控訴人らの仲介により、柿沼タイ及び大脇輝子(柿沼ら)から原判決別紙物件目録記載の土地(本件土地)を買い受けた(本件売買契約)。

二  本件は、控訴人が、本件売買契約に当たり、被控訴人らに擁壁の設置に関する調査を依頼していたところ、被控訴人らが宅地造成に関する各種法令等で示される基準に適合しない擁壁設計案を示したため、目的どおりの建物を本件土地に建築できず多大の損害を被ったとして、被控訴人らに対し、その賠償を求めた事案である。

原判決は、控訴人の請求を一部認容したが、控訴人が敗訴部分の一部について不服を申し立てたものである。

なお、控訴人は、当審において、遅延損害金の起算日を平成元年五月一日に遡らせて請求を拡張した。

三  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄の第二記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、控訴人が本件土地を買い受けた後、被控訴人らに本件土地の宅地造成が困難であることを告げて、善処方を求めても、被控訴人らは誠実な対応をしないなど妥当を欠く行為があったとしたが、右行為と本件売買契約後に拡大した控訴人の損害との間の相当因果関係を否定し、また、被控訴人らの右行為が新たな不法行為を構成するとは認められないとした。しかし、本件土地東側境界付近に安全基準に適合する擁壁を設置するのは困難であることが判明した後も、被控訴人らは、右の擁壁設計案が規制に適合する旨の虚偽の回答をしたり、通常の工法によって規制に適合する擁壁の築造が可能であるかのような虚偽の説明等をしていたのである。そうすると、被控訴人らの右行為は、当初の説明義務違反とは別個の債務不履行ないし不法行為を構成し、これによって拡大した損害についても相当因果関係が認められるべきである。

2 原判決は、控訴人には一見して正式の見積書とはいえないような本件概算見積書を軽信した過失がある旨指摘する。しかし、被控訴人らは「三井のリハウス」として幅広く不動産業を営んでいる大手不動産会社であるから、被控訴人らから擁壁が一〇〇〇万円強でできる旨の本件概算見積書を示されれば、その見積額の二、三割前後の費用で擁壁ができると信じてもやむを得ないというべきである。また、不動産業者から法的規制について特段注意を喚起されてもいない以上、控訴人が、適法な擁壁案かどうかを更に調査する必要を感じなかったとしても、これをもって軽信したなどと評されるべきではない。そして、控訴人は、被控訴人らが提示する解決策を信頼していたため、売主等他への責任追及に思いが至らなかったものである。

3 原判決は、転売差損につき、これを損害と認めなかったが、事実の誤認である。すなわち、控訴人は被控訴人らの行為によって無用な土地を購入させられたわけであるから、転売差損が認められなければその損害は回復されない。現在、本件土地の売却可能価格は六三九八万円を超えることはない。そうすると、本件土地の売買代金一億一八〇〇万円との差額五四〇二万円が転売差損となる。

また、本件においては、本件土地の平成元年五月一日時点の客観的価値(時価)と売買代金との間には合理的な商取引の範囲を超える格差があった。すなわち、不動産鑑定士の蒲生豊郷は、本件土地のがけによる利用制限を考慮して減価計算し、平成元年五月一日時点の本件土地の正常価格を八三六〇万円としている(甲四五号証)。これによれば、本件土地の客観的価値と売買代金額との間には三四四〇万円の格差があったことになるから、控訴人は右同額の損害を被ったというべきである。

4 控訴人は、被控訴人らの不誠実な対応によって多大の精神的苦痛を被った。

原審において主張していた慰藉料額一〇〇万円は低きに失したので、当審においては、主位的主張に係る慰藉料額を五〇〇万円、予備的主張に係る慰藉料額を二四六二万円とする。

また、控訴人は、本件損害賠償請求の遅延損害金の起算日につき、主位的には不法行為時である平成元年五月一日と主張する。仮に、これが認めれないとすると、控訴人は本件売買代金の運用利益として遅延損害金相当額の損害を被ったので、被控訴人らは右運用利益相当額を賠償すべきである。

更に、控訴人は、予備的に次のとおり主張する。すなわち、控訴人は、本件土地がその約半分の面積に建物が建てられないか、建てられたとしても多額の擁壁工事費をかける必要があるのに、このような制約を受けることなく本件土地を宅地として利用できるものと誤信して本件売買契約を締結した。したがって、本件売買契約は錯誤により無効である。そうすると、本件土地の所有権は売主の柿沼らに帰属していることになるから、控訴人は被控訴人らの債務不履行ないし不法行為により売買代金相当額の一億一八〇〇万円の損害を被ったというべきである。

5 原判決は、契約書貼付用印紙代、登記手続費用、建物建築準備のための費用、控訴人が負担してきた租税、控訴人が書証として提出した鑑定書(甲一五号証)に係る鑑定料を損害として認めなかった。しかし、右出費は本来支出する必要がなかったものであり、これにより控訴人はなんら利益を得たわけではないから、これも損害として被控訴人らの負担とすべきである。

なお、控訴人の損害額についての主張は別紙記載のとおりである。

第三当裁判所の判断

一  事実の経過

原判決挙示の証拠によれば、原判決の事実及び理由欄第三記載の事実が認められる。すなわち、本件における基本的な事実の経過は次のとおりである。

1  控訴人は、医師であり、夫である吉野常夫(常夫)と共に神奈川県藤沢市片瀬山所在の土地(約八五坪)上の建物(延べ約五五坪)に居住していた。しかし、控訴人は、かねて使い勝手が良くないと感じており、また、騒音等も気になっていたため、老後のことを考え、閑静な場所に土地を購入し、使い勝手の良い設計で建物を新築したいと考えていた。折から、控訴人は、被控訴人湘南リハウスの「三井のリハウス」と銘打った広告を見て、これに興味を持ち、被控訴人湘南リハウスに電話連絡して、控訴人の希望に沿う物件があれば紹介してほしい旨依頼した。

2  平成元年二月ころ、控訴人は、被控訴人湘南リハウスの従業員で宅地建物取引主任の資格を有する土地輝明から本件土地を紹介された。控訴人は、被控訴人らとの間で本件土地購入の仲介業務を依頼する旨の仲介契約(本件仲介契約)を締結した。

その際、控訴人は、常夫と共に、本件土地を見分した。常夫は、本件土地の東側境界付近ががけになっており、境界に沿って築造してあった擁壁が老朽化して一部崩れかかっており、南側隣地の簡易擁壁も倒壊のおそれがあるように思われたため、その旨を控訴人にも伝え、日照、道路及び下水道等の条件も良くなく、その割に値段が高すぎるとして、購入につき消極的な意見を述べた。しかし、控訴人は、本件土地から鎌倉山が見えるなど眺望が良いのを気に入り、これに未練が残ったため、常夫になんとか購入できないものかとの意向を示した。常夫は、控訴人が本件土地を気に入っていたので、本件土地全体に一・五メートル程の盛り土をし、東側の擁壁を造り替えることができるのであれば本件土地の購入を検討してもよいのではないかとの提案をした。

3  控訴人は、常夫の右の提案を受け、同人と共に、平成元年二月末ころ以降、数回にわたり、土地輝明に対し、控訴人及び常夫(控訴人ら)の右のような要望を伝え、平成元年三月下旬ころ、全体に一・五メートル程の盛り土をして、東側のがけ部分に擁壁を築造するとした場合の概略図と費用の概算を調査して欲しい旨依頼した。これに対し、土地輝明は、控訴人らに対し、調査して回答する旨答えた。そして、土地輝明は、かねて被控訴人湘南リハウスと取引関係にあった神奈川住工の磯田好徳に対し、控訴人らの依頼の趣旨を伝え、本件土地に盛り土をして平坦にし、東側部分に擁壁を築造するとした場合の費用の概算等を出して欲しい旨依頼した。

4  その後、磯田好徳は、土地輝明と共に本件土地に赴いて、これを見分した上、平成元年三月二八日、土地輝明に対して本件概算見積書の元となった書面を送付した。これを受けて、土地輝明は、平成元年四月初旬ころ、控訴人宅へ出向いて、同人に本件概算見積書を交付した。本件概算見積書は、東側境界付近に比較的大きなL字型擁壁を二一〇五万五〇〇〇円の費用で築造する旨の案(第一案)と、本件土地に段差を設けて二か所に比較的小規模のL字型擁壁を一〇〇〇万円程度の費用で築造する旨の案(第二案)が記載されていた。本件概算見積書は、正式な見積書ではなく、図面も一見して簡易なもので、擁壁前面に設けるべき平坦部分や排水設備の記載を欠くものであった。右交付に当たり、土地輝明は、控訴人に対し、本件概算見積書は参考資料にすぎない旨を説明した。

5  本件概算見積書は、その記載や添付図面からすると、本件土地の東側境界付近に擁壁を築造すれば、本件土地の大半を建物の敷地部分として利用できるかのような記載となっていた。控訴人は、本件概算見積書を見て、その記載内容は簡略ではあったものの、所定の仕様で擁壁の築造ができ、また、その第二案によれば一〇〇〇万円程度の費用で擁壁が築造できるものと信じたが、更に、正式な見積書を取るといった考えには至らなかった。

6  控訴人は、前記のとおり、本件土地を気に入っており、また、本件概算見積書によれば、東側境界付近に一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円程度で擁壁が築造できるとのことであったので、本件土地を購入することとし、平成元年五月一日、被控訴人らの仲介により、柿沼らから、本件土地を代金一億一八〇〇万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結した。

本件土地は、東側隣地との境界付近で高低差約七、八メートルのがけになっており、がけの下段は東側隣地に属していた。そこで、本件土地上に建物を新築する場合、建築基準法一九条四項、神奈川県建築基準条例(県条例)及びがけ付近に建築する建築物の指導方針(指導方針)の規制対象となり、東側境界から一〇ないし一一メートルの範囲の建築制限を受け、がけ部分に擁壁を設置しない場合には、建物の建築に当たって、がけの高さの二倍を超えるセットバックをしなければならないという制約を受け、また、本件土地に盛り土をすることによって、建物の敷地にがけ部分を生じさせる場合には、宅地造成等規制法、同法施行令及び指導方針による規制を受けるという制約があった。

本件売買契約に当たり、土地輝明は、控訴人及び柿沼らに対し、重要事項の説明を行ったが、盛り土をする場合、宅地造成等規制法、同法施行令及び指導方針による規制がある旨の告知はしたが、その具体的な説明は行わず、また、本件土地につき建築基準法、県条例及び指導方針に基づく規制があることの説明をしなかった。

控訴人は、平成元年六月三〇日、柿沼らに本件売買代金の残金を支払ったが、その際、被控訴人らに対して本件仲介手数料及び消費税として合計三七〇万八〇〇〇円を支払った。

7  その後、控訴人は、本件土地に宅地造成工事を施工すべく、本件土地上にあった柿沼の旧居宅を解体撤去し、右工事に着手しようとした。ところが、依頼した業者から、本件土地において右工事を施工することは困難である旨言われた。そこで、控訴人らは、鎌倉市に問い合わせるなどしたところ、本件概算見積書にある擁壁設計案は、建築基準法、県条例及び指導方針に基づく規制に適合しないことが判明した。そこで、控訴人は、被控訴人湘南リハウスの従業員から紹介された設計を業とするニチネン株式会社に問い合わせてみたところ、平成二年二月末ころ、同社の関連する設計事務所から本件土地の東側部分に擁壁を造るのは困難である旨の回答を得た。また、控訴人は、平成二年二月初めころ、小山設計事務所にも打診し、擁壁設計案を作成してもらったところ、東側部分だけでなく、南側隣地に属するがけ部分をも大幅に削り取る必要があるという内容のものであった。

8  この間、控訴人は、平成元年一二月ころ、土地輝明に対し、本件概算見積書の問題点を指摘して、善処方を求めたが、同人からは格別の連絡がなかった。そこで、控訴人は、平成二年三月ころ、被控訴人湘南リハウスの取締役の広山兼司(広山)に電話連絡し、交渉を持った。その際、広山は、控訴人に対して十分調査する旨を答えた。その後、広山は、控訴人に対し、平成二年七月初旬ころ、本件概算見積書による擁壁設計案は違法ではない旨回答したが、平成二年八月ころには、右の擁壁設計案が規制法令に適合しないことを認め、本件概算見積書の機能を持つ安全な擁壁を神奈川住宅工事に造らせるから待つよう述べた。

その後、被控訴人らは、平成二年九月から平成六年二月八日までの間、控訴人の要求に答える形で各種の擁壁設計案を提示したが、控訴人らの納得が得られなかった。

二  擁壁の築造に係る調査を被控訴人らが行う旨の特約の成否

控訴人は、平成元年三月下旬ころ、控訴人と被控訴人らとの間において、被控訴人らが本件土地に擁壁の築造が可能かどうかを調査する旨の特約が成立していたと主張する。

なるほど、前記認定のとおり、控訴人は、平成元年三月下旬ころ、本件土地に一・五メートル程の盛り土をして、東側のがけ部分に擁壁を築造するとした場合の概略図と費用の概算を調査して欲しい旨依頼し、これを受けて、土地輝明が、調査の上、回答する旨答え、現に本件概算見積書が作成、交付されたことが認められる。

しかし、本件仲介契約を離れて、控訴人と被控訴人らとの間に右のような合意(特約)が成立していたことを窺わせるに足りる証拠はない。原判決も指摘するとおり、本件概算見積書は、一見して簡略な内容を略式の書面に記載したものであって、これに右見積書が作成されるに至った経緯等をも併せ考慮すると、控訴人と被控訴人らとの間に本件仲介契約と別個に擁壁の築造が可能か否かの調査を被控訴人らが行う旨の特約が成立していたとは到底認め難い。

したがって、控訴人の右主張は理由がない。

三  被控訴人らの損害賠償責任

当裁判所も被控訴人らには善管注意義務違反による損害賠償責任があると判断する。その理由は原判決の事実及び理由欄第三の二1及び2記載のとおりである。

すなわち、前記認定のとおり、土地輝明は、本件売買契約の際の重要事項の説明に当たり、控訴人に対し、盛り土をする場合、宅地造成等規制法、同法施行令及び指導方針による規制がある旨の告知はしたものの、その具体的な説明を行わなかった。また、被控訴人らは、控訴人に対し、本件土地につき建築基準法、県条例及び指導方針に基づく規制があることを告知せず、本件土地にがけ部分があることによって、本件土地の東側部分の利用が大幅に制限されるか、東側境界付近に大規模で多額の費用を要する擁壁築造工事を施工する必要がある旨、また、盛り土をする場合の擁壁築造工事の必要性について具体的な説明をしなかった。かえって、被控訴人らは、擁壁設計案としては不完全で、かつ、誤解を与えるような本件概算見積書を格別の説明を加えることもなく交付して、控訴人に対し、本件土地東側の境界近くに擁壁を築造することができ、これによって本件土地の全体的な利用が可能であるかのような誤解を生じさせたものというべきである。

したがって、被控訴人らには、本件仲介契約に基づく善管注意義務に違反する行為があったわけであるから、債務不履行により、控訴人が被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

なお、控訴人は、被控訴人らが、本件概算見積書に係る擁壁設計案が規制に適合する旨の虚偽の回答をしたり、通常の工法によって規則に適合する擁壁の築造が可能であるかのような虚偽の説明等をしたのは、新たな不法行為を構成し、これによって拡大した損害についても被控訴人らはその責任を負うべきである旨主張する。

前記認定のとおり、被控訴人らは、本件売買契約成立後、控訴人らの指摘により、本件土地に擁壁工事を施工するには大きな困難が伴うことが判明した後も、必ずしも適切でない対応をしていたことが窺われる。しかし、このような事実をもってしても、これを被控訴人らの控訴人に対する新たな不法行為であるとまで認めることはできない。

四  控訴人の損害

そこで、被控訴人らの債務不履行によって控訴人に生じた損害について検討する。

1  仲介手数料 三七〇万八〇〇〇円

当裁判所も本件仲介手数料三七〇万八〇〇〇円は右損害と認めるのが相当であると考える。その理由は原判決の事実及び理由欄第三の三1記載のとおりである。すなわち、控訴人は、被控訴人らの善管注意義務に違反する仲介行為によって本件売買契約に至ったため、損害を被っているわけであるから、被控訴人らは本件仲介契約に基づく報酬請求権を取得できないというべきである。そうすると、控訴人は、被控訴人らに支払った仲介手数料三七〇万八〇〇〇円全額の損害を被ったものというべきである。

2  本件土地の客観的価値と売買代金額との差額 二三〇〇万円

前記認定のとおり、本件土地は、東側隣地との境界付近で高低差約七、八メートルのがけとなっており、がけの下段は東側隣地に属していたため、東側境界から一〇ないし一一メートルの範囲の建築制限を受け、がけ部分に擁壁を設置しない場合には、建物の建築に当たって、がけの高さの二倍を超えるセットバックをしなければならないという制約下にあった。また、本件土地に盛り土をすることによって、建物の敷地にがけ部分を生じさせる場合には、宅地造成等規制法、同法施行令及び指導方針による規制を受けることになる。ところが、本件売買契約の締結に当たって、右のような制約があることが十分に考慮されたとはいい難い。

したがって、控訴人は、本件土地につき、右のような制約を減価要因として考慮した平成元年五月一日時点の適正価格と本件売買代金額との差額相当の損害を被ったものと認められる。

そこで、次に、本件土地の平成元年五月一日時点の適正価格について検討する。

まず、《証拠省略》によれば、不動産鑑定士の蒲生豊郷は、本件土地の近隣地域の取引事例を比較して、標準的画地の比準価格を一平方メートル当たり四三万円と求めたこと、そして、本件土地の利用制限部分の減価率を、高圧線下地の収用委員会の裁決例に倣って五〇パーセントとし、また、残地部分(一六九平方メートル)も、建築可能な有効空間に大きな制約を受けることになり、建物の意匠などの自由性が失われるとして、その減価率を二〇パーセントとした上、これを各面積割合で加重平均して土地利用阻害の減価率を三四パーセントと査定したこと、また、本件土地の近隣地域においては、二五〇平方メートル前後が標準的な画地であり、本件土地(三一九・〇三平方メートル)は地積過大であるので、その減価率を五パーセントと査定したこと、そして、接面街路の幅員及びその性格によりセットバックを要するので、その減価率を二パーセントと査定し、合計の個別格差率を六一パーセントと査定したことが認められる。これに対し、《証拠省略》によれば、不動産鑑定士の高見辰雄は、本件土地の近隣地域の取引事例を比較して、標準的画地の比準価格を一平方メートル当たり四六万五〇〇〇円と求めたこと、そして、本件土地のがけ地による格差率を全体として七三パーセント、また、本件土地のセットバックによる格差率を九八パーセントとして、本件土地の個別格差率を七二パーセントと査定したことが認められる。

右のとおり、不動産鑑定士の蒲生豊郷と高見辰雄による不動産評価の結果は、セットバックによる格差率は同一であるものの、前者が、地積過大による格差率を認め、また、本件土地のがけ地による格差率を六六パーセントと査定している点に相違がある。本件土地につき、地積過大による格差を認めるべきか否か、また、本件土地のがけ地による格差率を六六パーセントと七三パーセントのいずれと見るべきかは容易に決し難く、右各評価はそれぞれに一応の合理性を有するということができる。また、標準的画地の比準価格も、それぞれの取引事例の比較調査に基づくものであって、いずれも適正な試算価格ということができる。

そこで、本件土地の平成元年五月一日時点の適正価格について、当裁判所は、不動産鑑定士の蒲生豊郷と高見辰雄による各評価額を折衷して、概ねその平均額に相当する九五〇〇万円と認めることとする。

そうすると、本件売買契約上の売買代金は一億一八〇〇万円であったわけであるから、控訴人は、右価格から九五〇〇万円を差し引いた二三〇〇万円の損害を被ったものと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、契約書貼付用印紙代、登記手続費用、建物建築準備のための費用、控訴人が負担してきた租税、控訴人が書証として提出した鑑定書(甲一五号証)に係る鑑定料についても、これを損害として認めるべきである旨主張する。しかし、右各費用は、控訴人が本件土地を保有していることに伴って生じた負担であったり、本件訴訟遂行に当たって負担したものであって、いずれも被控訴人らの債務不履行に基づく損害ということはできない。

また、控訴人は、転売差損を損害として認めるべきであるとも主張する。しかし、前記認定のとおり、控訴人は、本件土地を転売目的で購入したわけではない。また、控訴人の右主張は、地価低下の損失を仲介業者に負担させるという結果を招来するものである。控訴人の右主張も理由がない。

そして、控訴人は、多大の精神的苦痛を被ったとして、慰謝料の支払を求めている。しかし、本件においては、前記のような各損害の賠償がされれば、控訴人の精神的苦痛もこれによって補填されると認めるのが相当であるから、控訴人の右主張も理由がない。

3  過失相殺

前記認定の事実関係によれば、常夫は、居宅を購入した経験を有し、本件土地に擁壁が必要であることや条件を良くするには盛り土の必要があることなどを即座に判断することができ、また、本件土地周辺を見分してその問題点を整理し、控訴人に助言をしていたのである。そして、控訴人も、常夫の意見を充分に聞いて、相当の知識を得ていたことが窺われる。また、本件概算見積書は、一見して正式の見積書とはいえないものであり、その内容も簡略なものであった。したがって、控訴人が、本件概算見積書によって、本件土地に一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円程度の費用をかけて擁壁を築造し、これによって本件土地上に希望の建物を建築できると即断して本件土地を買い受けるに至ったことについては控訴人にも過失があるというべきである。

また、前記認定の事実関係にあるように、控訴人は、本件土地上にあった柿沼の旧居宅を解体撤去した後、鎌倉市や複数の設計業者等にも相談し、その都度、本件土地において、控訴人の希望する擁壁工事を施工するのは困難である旨言われていたのである。そして、このような中、控訴人が被控訴人らに善処方を求めても、被控訴人らからは期待に沿うような対応が得られなかった。そうであるのに、控訴人は、売主との交渉を考えることもなく、長年にわたって、被控訴人らの責任の追及に終始していた。このような控訴人の対応が、本件における損害の回復を困難にしたということができる。

控訴人の過失割合は大きく、前記認定の諸事情からすると、六割の過失相殺をするのが相当である。

そうすると、被控訴人らは、控訴人に対し、仲介手数料三七〇万八〇〇〇円と本件土地の適正価格と売買代金額との差額二三〇〇万円の合計損害金二六七〇万八〇〇〇円の四割に相当する一〇六八万三二〇〇円を賠償すべきである。

4  弁護士費用

本件事案の難易、審理経過、認容額等からすると、被控訴人らの債務不履行と相当因果関係を有するものとして、控訴人が被控訴人らに請求し得る弁護士費用は、右損害金一〇六八万三二〇〇円の約一割に当たる一〇六万円と認めるのが相当である。

そして、右3及び4の損害の賠償金の履行期は、仲介契約における善管注意義務の趣旨、すなわち、その義務違反がなければ被ることのない損害の全面的回復を図る趣旨からして、債務不履行による損害の生じたときに到来するものと認めるのが相当である。

五  結論

よって、控訴人の本訴請求は、被控訴人らに対し、右各損害金の合計一一七四万三二〇〇円とこれに対する債務不履行による損害発生の日である平成元年五月一日から支払済みまで年五分の割合による支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとする。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 原敏雄)

〈以下省略〉

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